「ラストベルト」から全米有数の「起業の街」へ蘇ったピッツバーグは日本のロールモデルになるか?
モノづくり起業 推進協議会の米国視察ツアーにライターとして同行した、マーケティングPRプロデューサーの西山 裕子です。2017年4月17日から4月20日まで開催された米国視察ツアー、第三弾の最終レポートはペンシルベニア州ピッツバーグ滞在をレポートします。
ピッツバーグって、どんな所?
今回の米国視察ツアーの主な目的は、ピッツバーグでのビジネスコンテストHardware Cup 2017に参加することでした(コンテストの詳細はレポート第一弾をご覧ください)。ピッツバーグは日本で売られているガイドブックにもあまり載っておらず、なじみが薄いのですが、野球ファンならメジャーリーグのパイレーツの本拠地、NFLファンならスティーラーズの本拠地として知っている方もいるでしょう。人口約30万人、ニューヨークから飛行機で約1時間、緑の多い美しい街です。大都会ニューヨークから訪れると、その落ち着いた空気にほっとします。
鉄鋼の街からの転身
ピッツバーグはUSスチールの本社もあり、一時は世界の50%の鉄鋼を生産するほどでした。工場の排煙による公害が問題になった時代もありました。安い鉄鋼の輸入により打撃を受け、一時は失業率が20%にまで及び、不景気の波が街を覆いました。その後、市長のリーダーシップ、カーネギーメロン大学など有力大学の研究により、産業構造を変えていきました。まだ鉄鋼や製造業(ケチャップのハインツ等)も重要な位置を占めていますが、最近はテクノロジーの街へと変化しています。実際、Google、Amazon、Appleなどの先端企業が、リサーチセンターをピッツバーグに置いています。
投資活動も盛んです。2016年、アメリカ全体でベンチャーへの投資は、金額では前年比32.2%減、案件数で12.4%減でしたが、ピッツバーグ地区への投資は金額で8.1%増、件数は11.4%増、合計2.3億ドルに上りました。また、市レベルで見ると、全米40の有力都市の中で投資額は17番目、人口当たりの投資数では5番目で、スタートアップにとって重要な地域であることがわかります。注
ピッツバーグ市の政策顧問とお話する機会もありました。行政としてスタートアップの環境を整備し、税の優遇、産学連携などを進めているそうです。
投資家とスタートアップのマッチング
4月20日は、ビジネスコンテストの司会で会場を沸かせたKenny Chen氏が所属するインキュベーション施設Ascenderを訪問しました。Ascenderはピッツバーグのスタートアップ・エコシステムの「ハブ」となるように、スタートアップ向けのコワーキングスペースや起業講座などを提供しています。
この日はビジネスコンテストで審査員を務めた投資家や、地元のベンチャーキャピタルが、コンテストに参加したスタートアップと1対1で話をするマッチングが開催されており、協議会のツアーに参加した協議会のメンバーや日本からのスタートアップも、このマッチングイベントで意見交換を進めたようです。
筆者も座って輪に加わったところ、あるベンチャーキャピタリストが、フレンドリーに話をしてくれました。「日本から来たのかい。私もビジネススクールにいたころ、日本人留学生と友人になったよ。だけど企業派遣が多くて、柔軟に動けなかったね。私が、こんなアイデアは日本ではどうだろう?と言っても、『自社とは関係ない』と一緒にできず、ビジネスチャンスは広がらなかった」。
確かにそれは、日本における、起業の課題の一つかもしれません。ミートアップで気軽にビジネスアイデアを披露し、提携や投資の話を持ち掛け、実行に移すフットワークの軽さは、スピード感が違います。日本企業が新規事業を起こす従来のやり方とは、大きく異なるでしょう。
Uberの自動運転車に遭遇
アメリカで移動するには、Uberがとても便利です。スマホのアプリで呼び出すと、すぐに来てくれます。次の訪問地、カーネギーメロン大学に向かうとき、Uberの自動運転の実験車がやってきました。ピッツバーグはUberが初めて自動運転の実験を始めた街で、数十台の実験車が走っているそうです。
自動運転と言っても、2人が乗車しており、様子を見ながらいろいろ確認しています。行先を設定すると自動的に運転を始め、信号の前では止まり、雨が降ってきたらワイパーも動き出し、隣の車と車間距離もきちんと取り、正確に運転を続けました。
ただ、新しくできた道の情報が地図情報アプリにまだ登録されていなかったようで、目的地が見えているのに違う方向に行ってしまいそうになりました。やむなく最後は人間が運転をすることになりました。自動運転には、まだまだ改善の余地があるようです。
最新テクノロジースタートアップを輩出するカーネギーメロン大学
広いキャンパス、重厚感ある建物が並ぶカーネギーメロン大学に到着しました。
この日はアメリカ生活が長く、20年間この大学にいらっしゃる、嶋田憲司教授に話をお聞きしました。
嶋田教授は、かつて日本IBMで働き、その後マサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号を取得されました。元々の専攻は機械ですが、最近はバイオや医学にも研究領域を広げておられます。アカデミアとビジネスと両方に興味があり、日米それぞれの得意分野を活かしたいそうです。
「産業構造の発展を考えると、物理的なものとサイバー技術が兼ね合わさったものが、今後の波として来ると感じています。ハードウェアとITを一緒にして、効果を出すようなものですね」。
「ピッツバーグは小さな街ですが、一通りそろっており、安全で生活コストも安いのが良い点です。カーネギーメロン大学は、学生数13,000人で総合大学としては小規模ですが、コンピューター、ロボット、AIの研究で存在感があります」。
「鉄鋼王のカーネギーなど、財を成した人が財団を作って文化に投資をしています。私の子どもはアメリカで育ちましたが、大学でも専門分野だけではなく、文化や教養を高めるための教育を受ける機会が豊富で驚きます。うらやましいですよ」。
我々が訪問したのは、大学の春のお祭りの期間。屋台や遊具もキャンパスに設置され、同窓会も開かれていました。アメリカでは出身大学への母校愛や同窓生の結束が強く、仕事につながる人を見つけてコンタクトをするなど、大学のネットワークをビジネスに活かすことがよくあるそうです。
カーネギーメロン大学のとあるホールでは「オリンパスプロジェクト」という、大学が持つ最先端研究と現実のビジネスとのギャップを埋めるプログラムの発表会が開催されていました。博士号取得者や研究中の学生が、自らが持つ技術や知識を活用したビジネスプランを語ります。大学もその活動のための場所を提供し、アドバイスやネットワーキング活動の支援をしています。
2016年はピッツバーグにある大学を通じて、過去10年で最高数の特許が取得されました。大学でのレベルの高い研究が、強力なスタートアップ環境につながっているようです。
ピッツバーグは日本にとって、ロールモデルになるか?
さて、ピッツバーグの事例は、日本のスタートアップ環境の整備において参考になるでしょうか。製造業が強い、技術がある、最先端の研究を行う大学機関がある、地方自治体が積極的にスタートアップを支援する、…。
すでに強力なスタートアップ育成環境を持つシリコンバレーと同等の環境を作るのは、多くの都市にとってかなり難しいことですが、ピッツバーグの事例は、日本の多くの都市にとって、参考にできるところが少なくないと感じました。
アメリカの小さな都市、ピッツバーグの大きな動きは、今後も注目です。
ピッツバーグでのHardware Cupは2018年も実施予定で、日本予選も2018年2月に開催予定です。次回は日本からのファイナリストが、優勝トロフィーを手にすることを祈っています。